大判例

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東京高等裁判所 昭和45年(う)1800号 判決

被告人 松尾信英

〔抄 録〕

所論は、要するに、原判決が掲げる証拠によつては、被告人が激昂して殺意をもつて本件犯行に及んだものと認定することはできないから、原判決には理由の不備、くいちがいがある(第一点)、原判決が被告人に殺人の故意を認めたのは、事実誤認である(第二点)、原判決は被告人の殺害の動作について審理を尽していない(第三点)と主張する。

そこで、記録を調査し、なお当審における事実取調の結果をも勘案して検討すると、原判決挙示の証拠を総合すれば、原判決が認定判示する経緯の下に、被告人が刺身庖丁で被害者山崎敏雄の腹部を刺し、間もなく死亡させるに至つたことを認めることができるが、その際被告人が殺意をもつていたと認定することは困難であると思われる。この点について、原判決が挙げる被告人の原審公判廷における供述ならびに司法警察員および検察官に対する各供述調書によると、被告人は犯行当日の昭和四四年六月六日附司法警察員に対する供述調書において、犯行の経緯につき原判示のとおり供述しているが、当時の気持としては、「被害者があまりしつこいので私も頭にきて右手に持つた刺身庖丁を前に出した、被害者を刺す気持はなく、庖丁を前に出せば向つてくるのをやめるだろうと思い、たゞおどかすつもりであつた」と述べており、右の供述は犯行直後のものとして被告人の真意に近いと考えられ、その後の同月九日附司法警察員に対する供述調書および原審公判廷における各供述もこれと同趣旨である。もつとも同年六月一六日附検察官に対する供述調書には、夢中の気持でどうにでもなれと刺してしまつた旨の供述記載があるが、右供述のみでは殺意を認めるに足りない。また、原審証人早瀬満の尋問調書によると、被告人が殺してやるとか殺す等といつた旨の記載があるけれども、その時期も必ずしも明確でない上に、後記のような犯行の状況および同人に対する当審受命裁判官の証人尋問調書に照らし措信し難く、被告人の殺意を認定する証拠とならない。ただ、被告人は、原判示のように、被害者から顔面を殴打されたり襟首をつかまえられて押しまくられたりして、最初出刃庖丁を持ち出し、これを早瀬満に取り上げられた後に、再び庖丁差しから刺身庖丁を取つていること、および右刺身庖丁(東京高裁昭和四五年押第四五四号)は刃渡三一センチメートルあまりもある先端のとがつた鋭利なもので、被害者の創傷は臍の斜め右上方約三センチメートルの箇所から背部皮下脂肪まで達するものであること等を抽出してこれを重視すれば殺意を肯定する余地がないではない(したがつて、原判決に必ずしも理由の不備くいちがいがあるとはいえない。)。しかし、犯行の模様を仔細に検討すると、被告人は、原審公判廷において、刺身庖丁を取つたとき、庖丁差しにあつた数本の庖丁から手当り次第に取つたと供述して、特に刺身庖丁を選んで持つたことを否定しており、また被害者を刺したときには、被害者と被告人の間に早瀬がいて、被害者は原判示のように早瀬の肩越しに被告人に向つて殴りかかつて来たもので、被告人が被害者の身体の何れかの部分をめがけて刺したというような状況ではなかつたと認められる(したがつて、また被告人が前記摘録のように被害者に対し単に刺身庖丁を示しておどかそうとした点は、右の状況から、これを肯認することができない。)。従つて本件の場合兇器の種類、傷害の部位等の状態から未必的にもせよ殺意を認定することは困難であつて、被告人は被害者が殴りかかつて来たのに激昂して、右手で庖丁差しから刺身庖丁を取つて、これを突き出したため接近した被害者の腹部を刺し同人はこれに基づく出血により原判示のように死亡するに至つたものであつて、これを傷害致死罪と認定するのが相当である。結局原判決が殺人の事実を認めたのは、事実を誤認したものというべく、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、この点の論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

(江碕 龍岡 桑田)

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